ガスライティングの基本は「音」

外出中に、大声でギャーギャー喚いたりゲラゲラ笑い声を上げたりする「音を聞かせて」心理操作する/心理動揺させるのは、ガスライティング行為の最も典型的な手法。ユング心理操作術の理論に「音に敏感なのは病気(統合失調症)の症状である」というセオリーがあるからだ。
この理由は簡単で「耳は閉じられないから」。目は瞼を閉じれば見えないけど耳には閉じる器官がないので、ガスライティング行為の基本は「異音で動揺させる」である。だから家の外で奇声を上げたり異音や騒音を立てたり、外出時にゴホゴホ咳払いを聞かせたりクシャミを聞かせるなど「常に”共通の”シグナル音を発生させる」が典型パターン。

「共通の」というのがキモで、要するに全く同じ(音の)パターンがどこでも現れるのはおかしい、と普通は考える。そして「可能性1-ただの偶然」「可能性2-何らかの集団が同じ行為を行っている」と考えるが、もし2なら「一体何の集団が?」と不安になる。
またユング心理学は「どこでも似たようなものは現れるのだ」、つまり例の『共時性(synchronicity)』を根幹にするので、もし心理学者/精神科医にこのことを相談したら、100%「それらは偶然(synchronicity)だ。どこでも似たような現象は起こるのだ。そんなことを気にし過ぎるのは病気の症状である」と言いがかりをつけられ、統合失調症とされてしまう。これは最も典型的な「精神病患者を生産する手法」なので、知っている人も多いはず。

また有名な「自分しか知らないはずの個人情報が何故か他の人達の会話から聞こえる」「他人と会話すると自分の個人情報を向こうから言ってくる」があるが、その「個人情報」こそ「=キーワード」だから、要するに「キーワード入り会話」だということだ。
町中で会話している複数人や、通り過ぎる二人組などが、会話文中にキーワードを混ぜ対象にわざと聞かせる、これも最も典型的なパターンなのは有名。

この”シグナル音”と”キーワード”、これらがガスライティング行為=集団ストーカーの典型中の典型である。

スペイン語で「礼拝=reunion」じゃないの?

なぜ教会の礼拝は日曜の朝なのか。眠いしめんどいだろ、夜やれよ夜といつも思う。南米だと夜の7時からスタートするのが普通の教会もいっぱいあるし、やっぱキリスト教は人のことを考えてないなぁと思わざるを得ない。
スペイン語で「礼拝」はreunionだと思ってたが、これはパラグアイでそう言ってたから。今PCで礼拝という語をスペイン語翻訳するとcultoと出るし、じゃあ地域ごとに単語が違うケースはよくあるから、あの国だけ礼拝=reunionなのかな?一応reunionは集会とか集まりという意味の普通名詞だが。
でもスペルを見れば「re_union」だから「再び集まる」「再集合」であり、unionだけで集会・集合という意味なのになぜ「re」とつくのか?不思議だった。半島の某国家の「再統一」もスペイン語ならreunionだろうし、ならパラグアイでは「再統一をキリストに祈るために教会に集まる」ことがreunionじゃん、と思わないでもない。
そして2013年にClariSがreunionという曲をリリースしたが、これは「再会」という意味だったっけ。歌詞も興味深い。

それでも地球は回っている

本ウェブサイトを一覧してもらえればわかる通り、俺は飛行機が好きだ。ずっと昔まだ小学生だった頃、当時本屋によく売っていたポケットサイズの「○○大百科」というシリーズの中に「軍用機大百科」という本があって、それは飛行機の中でも軍用飛行機つまり戦闘機や攻撃機を写真付きで紹介している本だった。その本を親に買ってもらいたくさんの戦闘機の写真を見ているとものすごく興奮し「かっこいい!!」と思った。当時はテレビの「○○ロードショー」とか映画を放映する番組においてしばしば世界の戦闘機を紹介するプログラムが放送されることがあり、それを観ている時もやはりものすごく興奮した。とにかく「ものすごくかっこいい」と思い、それ以来飛行機(軍用機)がとても好きになった。

「航空ファン」「エアワールド」とか「丸」とかの航空(軍事)雑誌をその後頻繁に買っていたが、俺が中学生の頃に「F-19ステルス戦闘機」というのがよく話題になった。謎のベールに包まれたアメリカの最新鋭戦闘機で「レーダーに映らない」というのでかなり話題になっていたが、その実際の姿を見た者は誰もおらず、想像図として頻繁に画像が紹介された。それは「レーダーに映らないようにするためには機体を丸くする」という前提で描かれたものだったと思う。というか俺のような素人は「丸い機体ならレーダー波が反射しないからこうなってるのか」と単純素直に思ったし、多分世界中の人たちは全員そう思っていたはずだ。

その少し後、何の機会だったか忘れたがアメリカがステルス戦闘機の実機写真を公開した。そしたら皆驚いたが、丸い機体の正反対で角ばった機体だった。現在「F-117Aステルス戦闘機」としてよく名前を聞くあれだ。多分世界中の飛行機ファンが皆驚いたしもちろん俺も驚いた。いやだって「丸い機体ならレーダー波が反射しない」とみんな言ってたのに実際には「角ばった機体ならレーダーに映らない」ってのはどういうことなんですか、話が違うじゃないですか、と世界中がビックリした。この件について当時の航空雑誌に「今までステルス機は丸い機体をしているというのが定説だったのは実際の機体をカムフラージュするための情報操作だったのか」とか書かれてたのを覚えている。確かにSR-71は丸いフォルムをしているし、あれの発展系として皆例の画像を想像してたはずだ。F-117Aのステルス理論とかは俺はわからんが、とにかくそれ以来「ステルス=直線的」というイメージが定着したような気がする(多分)。B-2も直線的だしF-22も直線的だし、逆にロシアのSu-27は曲線的なフォルムをしているがステルス性が無いと言われている。そんなわけで、正にコペルニクス的転換という感じで俺の中学時代にステルス騒動(?)は一段落した。

話は変わるが、数年前から闇金融の話題が頻繁に取り上げられる。(日本の)夕方のTVニュースを見てると一時そればっかりやっていた。けれど闇金の話題が持ち上がる直前まで、TVの特に夕方のニュースで連日やっていたのは「マーキング」というやつだった。あれはつまり訪問販売の奴がマンションやアパート等の集合住宅へ来た際に、その家(部屋)の扉付近に意味不明&奇妙なマークを描き記していくというものだ。マーク(記号)を見ても何のことだか誰も意味がわからず、住人は気持ち悪いとか不気味だとか皆言っていた。番組内のコメントでは「訪問販売員が家(部屋)の住人の情報を後続の仲間に伝達するための独自の記号では」と言っていた。

歴史の本には「胡散臭い系の本」があるのは以前書いたが、それ系の本には「サンカ(山窩)」を扱ったものが大変多い。俺もそういうのは見かけたら読む方で、まあ大抵の本は三角寛の著作に拠る内容だろうが、中には興味深いことを書いているものもある。
以前読んだそういう本に「サンカは『符牒』というものを使っていて、仲間にその地域の情報を伝達するためのもの」と書いてあった。サンカというのは漂泊民として認知されていて、山の中を漂泊しながら箕作り等をしているとどの本にも書いてある。そういう漂泊の過程でどこかの村や集落に立ち寄った際、そこの情報例えば住民の性格とか何が盗み易いとか仲間への注意事項とかを後続のサンカに伝達するため、地面や樹木などに仲間内だけで通じる記号(符牒)を描く文化を持っている(いた)、とのことだった。
基本的に「漂泊民=常民の逆」みたいなイメージがあるが、現実としてそういう言わば不可触な存在に関して正確に全部わかっている者はいない。もしいてもそんなのを公表することはしないし出来ないので、今でも尚そういう存在である人々は謎のままだ。よってその代表としてサンカ(山窩)の名が挙げられてもそれに関してさえ正確なことは誰も知らない。俺の印象としては日本という国はいろいろな部族の集合体だと思うので、常民にもいろんな種類があって漂泊民にもいろんな種類があって、それは某団体の研究者でも認めるところだが、そういうのの一つとしてサンカというのがいたのかもしれない。その名前ばかりが異常なほど取り上げられて漂泊民の代名詞になっているが、もちろんこういうのも冒頭で述べたステルス同様何かのカムフラージュかもしれないし多分そうだろう。
ちなみに「山窩」という語は元々警察用語で「山の窩(あな)」という意味だそうだが、奈良時代頃の文献に「クグツシサムカ(傀儡子山窩)」という言葉が出てくるという話もある。幾つかの本屋に売ってる本を読んだ限りでは、「サンカ(山窩)=常民の逆=漂泊民の総称」みたいに結構強引に一括りにしたがってるような感じがするが、ここまでこの語が有名になったのはやはり三角寛が戦前にサンカ小説というのを流行らせたかららしい。俺は当時まだ生まれてなかったしその辺の詳細は知らないが、五木寛之の小説にもそういうのはあったし、やはり「不可触で知られざる存在」への関心は誰でも持っていてそれを題材にすると興味を惹くものだ。

そして興味深いことに、海外の漂泊民であるジプシーも全く同様の文化つまり符牒を持っている(いた)そうだ。彼らは現在でも「物を盗む」としてマイナスイメージを持たれているようだが、元々漂泊してどこかの町や村などに入った際、後続の仲間に情報を伝達する目的で同じように記号を描いていたという。こういうのを聞いて「じゃあジプシーとサンカは元々同族で西と東に別れたんだ」と思う者もいるが、そういうのを「短絡的で歴史にロマンを求めている」と考え「どこにでも似たようなものは現れるのだ」と言う者もいる。どっちが正しいのかはわからないし真偽を証明する手段も無い。ただ「自分が理解出来ない」とか「そんなのあるわけがない」と考え、否定する根拠も無いのに何かを否定するのは更におかしい。最近「トンデモ」という語が市民権を得て普通に使われるが、そもそもこの語を普及させた何某は何かを否定する根拠を持っていないように見える。「可能性」が0%というのは逆に殆どあり得ないので、何に関しても推定無罪的な態度で接するのは基本であり重要であると強く言っておきたい。

話を現在の訪問販売のマーキングに戻すと、こういう記号は昔からある符牒=一種の暗号と同様であって、じゃあ何故同様の発想が関係無いところに現れるのかといったら、現在の訪問販売をやってる連中が所謂サンカ等の不可触な存在と関係があるのかもしれない。言うまでもなくこんな商法をやってるのは胡散臭い連中なので、もしかしたらあるかもしれないとは言えるだろう。しかしその真偽を証明する方法は無いし、もしかしたら全然違う深遠な意味で描いてるのかもしれない。ひょっとしたらそのマークは宇宙人の文字で、プレデターみたいに姿が見えないのかもしれないのだ。つまりわからないことなんて世の中にはまだまだ腐るほどある。一説によれば、昆虫は地球の生命の歴史上突然現れるので、隕石にくっついてきた宇宙生命体だと言う者までいるのだ。もしそうだったら俺たちが学校で習ってきたのは全部間違いで、F-19(の想像図)とF-117Aがまるっきり違う形をしててみんな驚いたのと同様に「いや聞いてた話と全然違いますよ」ということが起こるかもしれない。

とまーここで結局何が書きたかったのか結論すると、ベルヌーイの定理つまり飛行機の飛ぶ原理が覆されるかもしれないという話をインターネットでちょっと読んだからだ。「飛行機の翼面が上面は膨らんでて下面は平べったい」というのは俺も知ってるが、高校時代理系科目のテストで0点を10数回とった俺にはベルヌーイ理論の説明なんて不可能。けど何となくわかっているつもりだ。要するに「流速の速い遅いで圧力が変わる」って話だろ?とにかくこれが100年ぶりだかで覆されるかもしれないという話で「水道から出ている水に手を近づけると水が曲がって手の表面を流れる」ことから説明出来るとか何とかそんな説みたいだが、もはや因数分解さえ忘れた俺には理解不能だ。けどそんな感じで「人類の定説」になってることでも覆されたら面白いし、ず~っと昔のイタリアで「それでも地球は回っている」と言った(らしい)人の例もあるので、この説を唱えた人=デビッド・アンダーソン氏が世界中を平伏させてほしいなーと思っている。ウェゲナーだってフロイトだってシュリーマンだって最初は気違い扱いだったんだから、やっぱり「結果オーライ」なのだ。というわけで俺もそうありたい。

[2008/12/20]

噂を広める実験?

俺が小学生の時に、子供たちの間でいろいろ「不気味な噂」が流れる、ということがあった。
例えば「サザエさんが終わる。皆が乗った飛行機が墜落して海に還る」とか、「ドラえもんが終わる。実はのび太は植物人間であれは全部のび太の見た夢」とか、「ファミコンの高橋名人がインチキをやってて逮捕された」とか。
こういう「不気味な噂」が子供たちの間で複数流れるという出来事が起こり、これは俺が当時読んでいた「ウータン」という学研の科学雑誌でも「最近子供たちの間で不気味な噂がいろいろ広まっている」と特集されていたのを覚えている。
俺が不思議だったのは、当時俺の住んでいた場所というのが「陸の孤島」みたいなところで、他所との交流がなく、他地域とも離れた場所にあったのに、それでもうちの小学校の生徒の間で噂が広まったことだった。だって他の場所から情報が入ってくることがない場所だから、噂の発信源はどこなの?と不思議だった。
これは今考えると、あくまで推測に過ぎないが、何者かが「噂を広める実験」をしていたのではないか、と思う。それが誰だったのかは知る由もないが、知識も教養も未成熟な子供たちの間でどれだけ噂を広めることができるか、という実験だったのではないか。当時何某かが、日本中の子供たちの中にいる「手下」に、意図的に同じ噂を流させ、その結果日本中のどこでも子供たちの間で同じ噂が流れた・・・というのが真相じゃないかな?俺はそう思っている。それが何を意図した実験だったのかは知る由もないが。
他にもテレビを見ていて不可解に思ったことがある。それは十数年前に、訪問販売のマーキングのことを盛んに特集していたことだ。一時夕方のニュースはその話題で持ちきりで、「訪問販売員が家の扉に不可解なマーキングを描いていく」とやっていて、毎日そのことばかり特集していたのに、ある日突然「ヤミ金問題」を報じるようになり、それ以来マーキングのことはパタッと取り上げなくなった。そして毎日ヤミ金のことを報じるようになった。
このマーキングというのは、要するに「符牒」で、古代史の本なんかを読むと、いわゆる漂泊民(サンカ)が、後続の仲間に地域の情報を伝えるために使っていた、と書かれていたのを覚えている。他にもジプシーが使っていたとか。今はどういう者たちに使われているのかなんとなく想像はつくが、訪問販売を行っているような連中のルーツを辿っていけば、元は漂泊民みたいなものだろうから、じゃあなんでそれを報道するのを突然不自然な形でやめたの、と勘ぐりたくなる。
俺があまり見ている人もいないこのブログにこういう事を書いたところで大した影響力はないだろうが、確かにマスコミや宣伝省にとって、ネットは危険な存在かもしれないね。2ちゃんねるくらいしか発言の場がなかった一昔前はともかく、SNSで大勢の人がネットに影響されるようになった現在は。だから為政者は、デジタル庁なんてのを作って規制しようとしてるんだろうが。

[2021/05/11]

結局は優生学

言うまでもなく「人間は成長するものである」が、少なくとも日本の精神医学はこれを認めない。もし一度精神病とレッテルを貼られると、そのまま延々何年も下手すれば一生通院させられる。一応名目上は治療をしている体になっているが、実際はただ薬を出すのみで治療行為なんてものはない。これは結局「一度罹ったら治らない」という不文律を設定しているので、とにかく薬を飲み続けなければならないと強制する。
人間は幼少時代に奇癖や奇行を伴うケースがあり、これはほぼすべての人間がそうだろう。精神科医はこういう特徴があるとわかった場合、もちろんそれは対象人物の親から聞き出すのだが、そういう奇癖や奇行は病気のせいであると説明する。「人間の心理の傾向は予め先天的に心に刻まれているものだから、子供時代にそういう傾向があったならば、あなたの子供は病気なのです」という言を取る(はず)。
これは言うまでもなく「人間の成長を認めない」と同義で、本来人間が成長するにつれ子供時代の問題傾向の多くは改善するか克服するものなのに、それを「心が最初から壊れている」と定義づけして、治る治らないではなく「最初から欠陥品です」と断定するのと同じである。
だから精神病とレッテルを貼られた人間はずーーっと病院に通い薬を飲み続けなければならないと強要する。当然医師は病気を治すのが仕事なのに、薬を与えて治療と称し、そのまま延々「あなたは治ってない」と言い続ける。それは「患者は欠陥人間だから常時薬を飲んでいなければ生きていられない生き物」とみなすのと同じで、簡単に言えば「おまえは劣等種だから常に薬を飲み続ける義務があるのだ」と等しいだろう。つまり人間が成長して(心の)病気を克服する、という発想はゼロである。

もう言うまでもないがこれは優生学で、あの人種は優性だがあの人種は劣等だ、という発想とイコール。だから発祥はフランスで、現在も製薬関係はフランスそしてスイスが強い。
日本は世界の精神病床の25%を占めると言われるが、なぜこんなに精神病患者が多いのか?例えばAV女優や風俗嬢はメンヘラや精神病者ばかりというしそれはある意味当然だが、よく言われる集団ストーカーつまりガスライティング行為にしても、目的は「精神病者の生産」だ。
結局国そのものが精神病患者を量産して上述のように一生通院させ薬を飲み続けさせれば、製薬会社が儲かる。それが優生学発祥の地であるフランスそしてスイスに拠点があるならソイツラが金儲けできる、という話だろう。ほとんどの人は気づいてるが。
優生学は特定の種族を「あいつらは劣等種」とレッテル貼りする理屈に過ぎないから、何らかの理由で精神病とレッテル貼りされたら「おまえは劣等種なので死ぬまで病院と薬の世話にならなければ生きてはならない」と、ホロコースト時代のユダヤ人の胸に六芒星のワッペンを着けさせたのと同じ効果がある、ただそれだけの話。だから精神病院の入院患者はいつも「決まったメンツ」しかおらず、入退院を繰り返している者が多いのである。一度目をつけられたらモルモットにされるという話。

親子まるごと入院のケース

大きな精神科病院に親子全員が入院しているケースがある。具体的には千葉市内の病院でそれを見た。父親・母親・子供の3人がみんな入院していて、それも複数組。
この理由は容易に推測できる。おそらく、まず子供を適当な理由で入院させる。その状態で、面会に来た親を入院させる。そして後にもう片方の親が面会に来ると、やはり入院させる。こうして親子3人を全部入院させたんだろう。
これは多くの精神科病院で「面会は家族のみ可」となっているからだ。つまり最初に子供を入院させ、それに面会できるのは家族である親だけだから当然面会に来る。もし来たら以前書いたような適当なやり方でぶち込むなり、仮に親が「子供が心配なため心理的に~」と口にしたらそれを口実にぶち込むなり、口八丁でとにかく入院させてしまう。そしてもう片方の親が心配で面会に来たら、やはり同様に入院させ・・・。十中八九こんなところだと思う。
またはガスライティング行為で親子全員が被害に遭っている場合、簡単に全員を入院させられるのは言うまでもない。そもそもガスライティングとはそれつまり「精神病患者の生産」を目的にして実行されるものである。
問題なのは、この状態だと「誰も外部から会いに来ない」こと。なぜなら面会は家族のみ可だから、親子まるごと入院状態にあれば、外部と連絡が取れない。病院内からの電話や手紙も家族へのみ許可になっていることが多いし、他に親族がいてもいちいち住所も電話番号も覚えていないだろ?だから外部と連絡を取りようがない。よってもし親子全員入院させられてしまうと完全にお手上げで、退院する方法がない。唯一あるとすれば医師が退院の許可を出した時だが、無論そんなことをしなくても罰せられないからずーっと入院させても無問題。
こうやって精神病院は合法的収容所の役割を担っている。少なくとも上述の病院では複数の事例を目撃した。その院長曰く「治らないのが悪い」。