①三重構造モデル

二重構造モデルの欠点

「二重構造モデル」という学説がある。これは故・埴原和郎氏が提唱した説で、主に形質人類学的な視点から、日本人のルーツについて考察したものである。彼は日本列島の古人骨の形質を調べ、次のようにまとめた。『古代の日本に、まず東南アジアから(海路で?)中国へ北上してきた南方系モンゴロイドが、朝鮮半島を経由して日本に渡来し「第一層」となり、その後北方系モンゴロイドが朝鮮半島を経由して日本に渡来し「第二層」になった。』…というものである。この説は非常に有名なので検索すればいろいろ出てくるかと思う。
しかし私は、この説は中途半端だと考える。理由は、
①元々日本に住んでいた人々のことを考えていない=「第一層」渡来以前に日本列島に住んでいた人々のことを考慮していない
②神話学や神社神道のことなどを考慮していない
③何らかの作為的な意図が感じられる気がする
といったことである。渡来系の人間たちが日本のマジョリティであるというのは正しいと思うが、それが100%だというのは明らかにおかしいと思う。よって今回、自分なりにこの考え方を補足してみたい。

二重ならぬ三重構造モデル

私は埴原氏の二重構造モデルを補足して考えたが、二重構造ではなく三重構造モデルという方が正確だと思う。
まず日本には、渡来系民族以前に「原日本人」たる原住民がいたはずであり、その人々はアラハバキを祀っていたと思われる。手塚治虫の「火の鳥」でも描かれている通り、元々日本には太陽崇拝・大地母神崇拝のアラハバキを祀る人たちが日本列島全土に住んでいたと思われ、そこではアラハバキを太陽神として崇める風習があり、その都は出雲にあったはずである。もちろん他の原住民もいただろうが、それが「土蜘蛛」だったりする可能性もある。私はこれが「第一層」だったと思う。
そこに、朝鮮を経由して、「第二層」が入ってくる。私はこれが秦氏(を中心とする渡来人)だったと思う。秦氏の詳細に関しては別の機会に譲りたいと思うが、この第二層の秦氏が、新羅仏教を持って九州の宇佐つまり国東半島に渡来してきたはずである。そして宇佐を拠点にして、いわゆる「秦王国」を作る。むしろ「前期秦王国」という感じだろうか。後述するが、秦王国は後に移動するからである。
秦氏は宇佐を拠点にして、南北に伸張していく。まず南だが、九州はもちろんのこと、さらに南の沖縄まで勢力を拡大したと思う。当然この過程では、原日本人であるアラハバキ崇拝の人たちと争いになる。アラハバキ崇拝の人たちは主に北方へ逃れていく。秦氏は沖縄まで征服し、原住民の人たちを征服して奴隷にしたのが、現在まで残る「家人(ヤンチュウ)」だろう。
一方、北へ伸張した秦氏は、まずアラハバキ崇拝の人々の都である出雲を陥落させる。それが、「スサノヲのヤマタノオロチ退治」の原型である。スサノヲは朝鮮と関連があり、渡来人である秦氏の主神であるといって差し支えないからだ。彼らが出雲の原日本人を陥落させた事実が「蛇を退治する神話」として記録されたのであり、出雲国風土記にこの話が載っていないのは、出雲人にとっては不名誉な話だからだろう。出雲を征服すると秦氏は拠点をそちらに移す。そうすると、現在の島根県・鳥取県~広島県・岡山県の一帯の広大な地域が秦氏の拠点になる。それがいわゆる「秦王国」、もっと言えば「後期秦王国」である。
秦氏はさらに勢力を広げていき、やがてアラハバキ崇拝の人々は東北まで逃げ、蝦夷になったと思う。「出雲でズーズー弁が話されている」とよく言われ、松本清張の「砂の器」はそれをモチーフにした作品だが、出雲人が北日本へ移動したからだろう。蝦夷を「毛人」と書くが、「家人」「毛人」ともに「けにん」と読め、同じ人たちだと思われる。意味は「外人」「下人」だろうか。この人たちはアラハバキ崇拝を持っているから、北方に逃げる際、アラハバキ神社を作りながら逃げて行く。秦氏はそれを追いかけて征服していき、征服したアラハバキ神社に自分達の祭神であるスサノヲを祀って行く。そのため東日本ではアラハバキとスサノヲが合祀されているケースが多いのだと思われる。共に「客人神」の性質を持っている。
そして日本を征服した「秦氏を中心とする渡来人たち」は日本の支配層になるが、そこに「第三層」の北方系モンゴロイドが渡来してくる。これが天孫族≒天皇家であり、彼らが渡来した際に秦氏から天孫族に権力の委譲が起こる。それが「国譲り」だろう。
埴原氏の説では、彼らは日本列島の真ん中辺りつまり畿内地方に渡来し、その結果その前の層が南北に分断されたとなっているが、彼はそれを「北端と南端の骨の形質が近似している」ことや「アイヌと沖縄人が外見的に近似している」ことなどを理由に挙げている。私がこの説を補足するというのは、要するに第一層(原日本人)が第二層(秦氏等の渡来人)に征服され南北に追いやられ、その後に第三層(天孫族)が渡来したと考えたいということである。よって南北に追いやられた第一層がアイヌと沖縄人(毛人と家人)であり、彼らが似ているのは当然であろう。

補足

「出雲に鉄器文化があった」と言うが、これはアラハバキ崇拝の人々のものではなく、その後ここを拠点にした秦氏のものだっただろう。「荒神谷」という場所、つまりスサノヲにゆかりのある場所から鉄剣が見つかっていることからもそれは明らかである。
あまり知られていないが、国東半島のある郷土館に「紀元前三世紀の鉄剣」が保存展示されているといわれ、これはC14で測定した結果得られた年代だそうだが、九州大学の研究班が当地の産鉄民か何かに案内されて発見したという話である。どこまで信憑性があるのかはわからないが、事実であれば大変興味深い。国東半島には「東光寺」があり、東光教は被差別民と関連がある。また国東の古い地名には、仏教以外のインドに関連する名称も存在するようである。
有名な話に「他の場所で神無月である時期に出雲だけは神有月である」というのがあるが、出雲に神が集まっていた以上そこが都であったわけで、それが何時なのかは、原日本人時代なのか秦氏時代なのかということである。宇佐八幡宮も古来非常な権力を持っていたし、要するに都の変遷というのはあったはずである。
また国譲りといえばサルタヒコだが、秦氏がそれだと考えると、秦氏はHATAだから、HとSは転訛するのでSATAになり、それに「佐田」大神という漢字を当て、そこから「猿田」彦と漢字の当て字が変わっていったと考えられる。「猿=顔の赤い動物」であるが、猿田彦の外観はいわゆる「天狗」によく似ている。手塚治虫の「火の鳥」にも同様のモチーフが出てくる。天孫族≒天皇家の道案内をしたのならそのファミリーの一員に入っていても不思議ではない。
スサノヲは国津神に分類されるが、もし日本民族が三つの層から成るならば、第一層がアラハバキ・第二層が国津神・第三層が天津神であって、国津神といっても日本古来からの土着の神とは必ずしもいえないだろう。スサノヲが新羅や朝鮮と関連があることは有名だし、原日本人の中にも渡来人の側についた者はいたはずだからである。
アラハバキ崇拝の人々以外にも日本にはいろいろな種類の原住民がいただろうし、その中には秦氏の側についた者もいただろう。そういう連中の子孫がいわゆる「サンカ」になったりしたのではないかとも考えられる。有名な三角寛の報告によると、「サンカの集団は神武東征の際に彼らの配下についた」とか「天孫族は鉄器を所有していたので、まつろわぬ民たちは皆負けてしまった」とかいう伝承も残っているらしい。そういった類の本によると「サンカは自在鉤を持ち、ウメガイという両刀の短刀を所持している」とのことだが、福岡市の大宰府天満宮は「梅が枝餅」が名物で、梅干の種を割ると天神様が入っていて、参道には無数の牛の像がある。そこで祀られているのは大自在天であるが、自在天はシヴァのことである。彼らが短刀を所持しているのは製鉄との関連によるものだという。また国譲りのオオクニヌシは大黒天と同じで、大黒天もシヴァである。
スサノヲとシヴァが対応するという説はよく聞かれるが、スサノヲは言うまでもなく「高天原ファミリーにおける厄介者」であり「高天原ファミリー一の荒くれ者」であるが、もしそんな奴がいたらガードマンにするのが最適だろう。伊勢神宮の宮司の苗字にも「荒」がつき、他にもそういう者は要所要所に存在するようである。
原日本人つまりアラハバキ崇拝の人たちは「アラハバキ=太陽神」として「太陽=男」だと見なしていたと思うが、秦氏・天皇家は太陽を「アマテラス=女神」と見なす。これが「アマテラスは元々男神だった」ということだと思われる。つまり日本においても古代には太陽神は元々男神だったということだ。
日本の古語で「蛇」は「ハハ・カカ・カガ」であり、つまり「女=蛇」であった。「アラハバキ」には幾つかの漢字の当て方があるが、もし「荒蛇斬」であるならば、「荒ぶる蛇を斬った」神であり、「荒」が付くため「荒神」と混同する者がいるが、荒ぶっていたのは蛇でそれを斬ったわけだから、荒神つまりスサノヲとは対立する立場のはずである。

日猶同祖論との関係

私は日猶同祖論に肯定的な考えを持っている。スサノヲはバールと対応・関連すると思うし、天皇家や秦氏もイスラエル12支族との関連があると思っている。これに関しては星の数ほどの人間が相当昔から論じてきて、その中には学問的な権威が伴っている者も存在する。このようなことに正当性を感じていても公言するのを避けている人間は、正当な機関にも少なからずいるはずである。もちろん日本とイスラエルだけの関係であるはずが無く、世界各地にその要素が存在する以上局所的に考えるべきではない。
例えばバールは牛神だが、秦氏の執り行うマダラ(マタラ)祭が牛祭であり、その被る面がサルタヒコであることやスサノヲと同一視されること、またヒルコ神話とモーセの関連など、枚挙に暇が無い。しかしこれらに関しては別の機会に譲りたい。

[2007/08/22]

ホニャホニャした喋り方

精神科医は誰かを入院させる(というよりぶち込む)際、その「口実」が必要なので、種々のテクニックを用いる。その中で実体験で知っているのは「ホニャホニャした喋り方で話す」というもの。
これは精神科医と会話をする際、ソイツが普通の発話でなくなぜかホニャホニャした喋り方で発話し、明瞭な発音をしないというもの。具体的に言うと「わたしはおいしゃさんです」を「わたぁしぃわぁおぃしゃすぅあんでぇす」みたいに発音する、とか。そして何を言ってるのかよく判らなくてこちらがハッキリ明瞭な発音で回答すると、即「あなたは興奮しているので入院させます」と言い強制入院…..これは実際に体験したことがある、驚きのテクニックだ。
もちろんこの時点で「いや、何を言ってるのか判りませんよ」と言い返そうものなら、再度「興奮しているので…..」となるし、こんな事を言われたら当然本当に興奮して「何言ってるんだ」と強い口調で返してしまうだろう。そうしたら向こうの思うツボなのでやはり…..。もしバカらしいと立ち上がって退出しようとしても、看護師が待機しているので捕まってしまう。

こういう驚愕のテクニックが存在するのが、日本の精神医学だ。(自分はK村病院の川部という医師にこれをやられた)

死んだら直葬でいいよ

最近は葬式をあげないで、火葬場で遺体を燃やして寺に納骨する直葬が流行ってるようだが、俺自身も葬式はあげてほしくない。というかむしろ絶対に葬式は嫌。
日本仏教の葬式は、遺体を燃やす時に「頭に三角巾をつけて白装束を着せて」火葬するが、これはどう考えても「=イカの格好」としか思えない。イカが何を意味するかは再度書かないが。そして燃やした後に燃え残った骨を遺族にわざわざ見せて、箸でその骨を拾わせて骨壷に入れさせるが、これも本当に酷い風習。一体どこに親族の焼死体を直視してその骨を直に拾いたい民族がいるんだろうね?
そして(俺は火葬場に行ったことはないが)それを火葬場の職員が見ているそうだが、その帽章に「五」と書かれてると聞いた。五は五ヶ瀬村や五家荘という平家の村もあるし、サンスクリットでGOは牛のことだし、五芒星はルシファーの象徴だし。
それに戒名だが、これは寺の坊主によってマチマチで適当につける者もいれば金次第で立派なのをつけたりするし、歴史的に問題視される戒名もある。そして「戒名=戒めの名」だがなぜ死んだ後に戒められねばならないのか?「悪い生き方をしたから死後戒められよ」というならそれは「地獄に落ちよ」と同義だと思うんだが。
そもそも日本は性悪説の国で、それは家屋が建っている様子を見れば明白。例えばアメリカ映画を見ると、家屋は広々とした敷地に建っていて隣家との間に塀がない。だが日本は家屋はどこでも密集して建っていて必ず塀で囲まれている。どちらが性善説でどちらが性悪説か考えるまでもない。キリスト教と(日本)仏教の思想の違い云々というより、日本が性悪説の国である最も端的な証左である。
だからその人生の最後で、イカの格好にされて火で焼かれて戒めの名をつけられて、親族が自分の焼死体を見て骨を拾わされる…..というのは絶対イヤだね、俺は。よって直葬でいいしできれば土葬がいい。「土に還す」が何を意味するかは書くまでもない。

「原爆投下予告を聞いた」って本

以前広島でG7サミットが開催されて、各国首脳が宮島を参拝したり、原爆慰霊碑に黙祷したりという様子が報道された。
原爆で俺が覚えてるのは、高校生の時に千葉大学の近くに学校があったので、下校途中に西千葉の古本屋によく行ってた。ある日そのうちの一つに行くと「原爆投下予告を聞いた」という本が売っていた。戦争中にアメリカ軍が原子爆弾を広島市に投下する前に、市民に向けて空からビラを撒いて「早く逃げろ」と警告した~という内容だったと思う。買わなかったけど。
あれは事実なのかな?俺の予想では事実だと思う。

ちなみに「原爆の恐怖」と繰り返し強調してるのは、取りも直さず「一番悪い奴ら」だと思う。だって原爆の本ってトラウマになるようなグロくて怖ろしい描写のばっかじゃん。とにかく「目がとろける」というのをやたら強調し、絵本だろうと文章だろうととにかく光を見たら目が溶けた目が溶けたと繰り返す。「はだしのゲン」もマンガでは全然そんな描写ないのに、アニメ映画だと人間だけでなく犬の目までとろけて飛び出るとか、一体何を意図してるのか全くわからない。ホラー映画スプラッタ映画レベルで恐怖を抱いてトラウマになるようなイメージを流布している。理由はなんだろう?もちろん芸能界では、吉永小百合が「原爆の恐ろしさが~」と頻繁に発言してる。

「はだしのゲン」はとても素晴らしい作品で、あれはことさら原爆の悲惨さを強調せずに、むしろ「辛いことがあっても乗り越えてできるだけ明るく笑って前向きに生きていこう」がテーマで、それが元の父親の「踏まれても麦のように起き上がるんじゃ」という言葉で、ラストシーンは元が東京に向かう電車に乗り、それが走る横で農夫が麦踏みをしている・・・という。
まあ反戦をテーマにする以上、確かに朝鮮人を贔屓する場面は多いんだけど、でも朴さんみたいなマトモな隣人も登場するし、広島という土地柄ある意味仕方ない。
2000年代にフジテレビで実写ドラマが制作されて前後編二話が放映されたけど、あれはあれで良かった。マンガだと頭がおかしくなって死んでしまう絵描きになりたかった男(名前忘れた)が、最後に被爆後遺症ながらも絵をなんとか描いて、家族が強く頷く、というラストシーン。そのずっと後にキチガイ病院にぶち込まれてた時にロビーの共用テレビで再放送をみんなで見たが「面白いな」と話した。

だから2012年に第二次安倍内閣が成立したら直後に作者がなぜか急死。日本国が好きなんじゃなくて日本が嫌いな連中を好き、な連中が確実に存在するわけで。果たしてあの戦争で死んだ我々の先祖は、何のために出征したのか。だって俺の山形の親類は・・・。

さすが手塚先生

手塚治虫は漫画の神様と言われるけど、スゲーと思うのは「悪い奴を謀って永遠に恥を晒す」ような仕掛けを残したこと。

例えば「鉄腕アトム」。これは小さな少年(=リトル・ボーイ)がアトム(=原子)で、妹がウラン。それがロケットで空を飛んで「心優し、科学の子。十万馬力だ、鉄腕アトム」。
B-29が広島にウラン型原子爆弾リトル・ボーイを投下したわけで・・・。

それに「ジャングル大帝」。これはジャングルで育ったライオンの子レオが、百獣の王になるという話(未見だが)。そしてレオはもちろん西武ライオンズのシンボルマーク。
でも「ライオン=百獣の王」で「虎=密林の王者」と言われる。密林とジャングルは同じ意味。ならジャングルの大帝(王者)とは、実は虎のことでは?

ちなみに昔のスポーツ新聞に、吉永小百合は西武ライオンズの熱心なサポーターと書かれてた。また彼女は頻繁に「原爆の恐怖について~」と強調している。

手塚先生は正しい人だから、仮に悪い為政者側から「我々のシンボルになる作品を描け」と命じられても、表面上従ったふりをしつつ「ふふふ、奴らが永遠に恥を晒すように、逆のシンボリズムで描いてやれ」とあんな作品を描き、それに気づかず悪い奴らはずっと騙されたままそのキャラを使っている・・・。

今頃手塚先生は「ふふふ、ジャングルにライオンはいないぞ。虎はいるけどな」とほくそ笑んでいるだろう。

これはアタリだと思う(笑)。

「何か気になることはないか?」には注意

心理学者や精神科医のいわゆるカウンセリングを受ける際、彼らが最後に「何か気になることはないか?」と発言するケースがあるが、これに注意した方がいい。
彼らと定期的に会って会話をする際、普段は「じゃあまた次回」と言って終わりになるのに、なぜか「何か気になることはないか?」と訊いてくるケースがある。当然だが、普段はそんな事を言わないのに突然「何か気になることは~」などと言われれば、誰だって「ん?」と訝しむに決まっている。だけど自分自身は特に変わったことは無いので「いえ別にありません」と言うしかない。
だが当然「なぜ今回だけ突然、何か気になることはないか、などと言ったのだろう?」と気になるに決まっている。それが心に引っ掛かって逆に「気になることになってしまう」のは当たり前だ。そしてもし仮にその時点でちょっとした「あれ?」と思うことがあったら、100%心理的に不安になるのは当たり前である。
つまりこれがヤツラの意図するところで、わざと心理的に不安にさせ不安定な精神状態にしてしまうテクニックである。この状態で次回彼らのカウンセリングを受ければ、誰でも「最近ちょっと気になることがあって~」と切り出すだろうから、ヤツラは「ほら前回の最後に何か気になることはないかと言ったろ?そういう風に見えたんだ」と『言いがかり』をつけてきて、その結果精神病が悪化したという設定にされ…..。

上述のテクニックも日本の精神医学における「言いがかり」の典型的な手法の一つである。